代理店の“ありがたいお節介”~その1

「今年の梅雨は特に雨が多くて、梅雨の期間も長くいので、早く夏にならないかなぁ」と思っていたところ、雨で足を滑らせてケガをしてしまった。転んだ場所は自宅のベランダ。雨でぬれたベランダに出たところで体が宙に浮くくらい仰向けに転んだ。そのまま、頭を打ち付けたらしく。意識は失わなかったが、どこにあたったかは分からなかった。気が付くと出血している。頭を触ると、頭の形がゆがんでいて、切り口もある。後頭部なので手で触るしかなかった。一人暮らしの私は、救急車を呼ぶべきか迷った。しかし、よく見るとベランダにはかなりの量の血がついている。部屋の中も血で汚れている。結局、救急車を呼ぶことにした。

救急車が来て、救急隊員の人にストレッチャーに載ってくださいと指示された。歩いてもいけそうな気がしたが、救急隊員から見ると私は頭を打った患者、素直に指示に従うことにした。「このあたりで、CTスキャンが撮れる病院に連絡しています」と告げられた。『そうか、CTスキャンまで取る必要があるんだ』と、半ば、あきらめたように納得して待った。いまどき、救急車は受け入れ先の病院が決まらないと動いてくれない。幸いにも、病院はすぐに決まった。「これから、府中の〇〇病院に行きます」そう告げられた。後で考えると、川崎市北部の総合病院にしてほしいとお願いしたほうがよかったと、少しばかり後悔した。なぜなら、仕事場に近いほうが通院に便利だから。

救急車の中と、病院ではとてもスムーズに処置が行われた。救急車が来るまでの間に、お薬手帳がいると思って、持参したことも役に立ったようだ。CTスキャンは思った以上に時間がかかり、幸いなことに、脳の内部には異常は見られず、最後に、頭の傷を縫ってもらって治療は終了。ちなみに、初めて、医療用ホッチキスのお世話になった。後頭部なので、見えるところではないのだが、麻酔も何もなく、「ちょっとチクッとしますよ」といわれて縫合は終了。

この記事は、週刊インシュアランスに掲載されたものを、出版社の許可を得て転載したものです。保険関係者に好評の生命保険統計号もこちらからご購入いただけます。

まとめる前に考えよう

雑誌や新聞に記事を書かせていただいていると、その雑誌や新聞がどのようなポジションにあるのかということを考えさせられる。一般的に、一般誌(紙)は不特定多数の消費者に向けて情報を発信している。「この夏のボーナスではじめたい投資信託」というようなタイトルで記事がされる。タイトルはとても大切で、タイトルが人の心をつかむものでなければ記事は読まれないからである。

業界誌(紙)の場合はどうだろう。業界誌(紙)といった業界メディアの役割は、少し変わってきたように思える。数十年前、私も保険会社に勤務していたが、業界誌(紙)から情報を得ることが少なくなかった。当時の仕事は、朝、出社して、複数の新聞(一般紙と業界紙)に目を通し、これはと思う記事を切り抜いてまとめて社長以下の役員に配って回ることであった。現在のようにインターネットで情報を入手することができず、各社の出すニュースリリースなどをまとめてくれる業界メディアはありがたいものであった。

しかし、インターネトにより情報が瞬時に手に入れられるようになった現在、業界メディアの役割は変わってきたように思う。新たな業界メディアの役割は、3つに分類される最初の一つは、統計情報を創り出すビジネスである。資産運用の世界では、株式や債券などの市場インデックスがこれに該当するであろう。保険業界では、生命保険文化センターが公表している各種調査報告が該当するであろう。保険研究所が発行しているインシュアランス統計号も該当する。官公庁が出している統計情報も含まれる。「世の中の平均は・・・」という説明を行うときに必要になる情報である。この種類の情報を創り出すことは有料ビジネスとして成り立つ。

二つ目の役割は、要約機能であろう。「押さえておきたい外貨建て保険のチェックポイント」などというタイトルが付けられる記事がこれに該当する。現在では、情報が氾濫して、営業職員レベルではすべてをチェックすることは不可能である。だから、そういった情報をまとめてわかりやすく提供しようというのが要約機能である。現在の業界誌(紙)は、要約記事で構成されているといっても過言ではない。

三つ目の役割は、営業の前線の情報を配信する機能である。営業上のノウハウなどの情報を非公式に交換する場を提供するというものである。メディアといっても、新聞や雑誌というよりは、メールマガジンといった形態になるであろうし、メンバーを厳選すれば、SNSなどを通じて双方向で情報の交換ができる。

本当に望ましいのは、世の中の平均を理解した(一つ目の機能)上で、営業現場で起こっていることを知り(三つ目の機能)、そして、情報を要約する(二つ目の機能)ということが求められるのだと思う。しかし、現実はそのようにはなっていない。私が執筆の依頼を受けるときも、「〇〇についてまとめてください」という依頼を受けるのがほとんどである。「△△について問題提起をしてください」という依頼は受けたことがない。雑誌や新聞については、まとめの部分も必要なのだが、問題提起の部分も必要なのではないだろうか。

問題提起があると、その次には自分で考えるというステップが必要になる。これが大切だと思うのだが、すべてまとめの記事だと、回答が全部載っているテストのようなもので、マニュアルにはなるが身には付かない。さらに、情報を要約してしまうとカンニングペーパーのようになってしまう。

カンニングペーパーにしておけばどのようなときでも対応できると考えているかもしれないが、実は、全く逆である。人前で話す場合にも、相談を受ける場合でも、相手に満足してもらえる結論を出すには、自分で考えた下地が必要なのである。要約した情報しか知らなければ、相手に伝えられることは要約した情報だけである。結果は説明できても、理由は説明できないということになる。まとめばかりするメディアよりも、問題提起をしてくれるメディアの方がよい情報を与えてくれるものである。